ステレオ、寝床ができたはなし

01/01/1970

言葉も行動もそのタイプで分けてそこに貼りつけてしまえばひとのこころの動きになんてそんなに数はないような気がしてしまう
それは自分の窓がそれだけの数だということともつながるし、だとしたら実際に、現実を前に、それがわたしにとってのすべてなのかもしれないけれど
でもそんなことは理屈で、その理屈にしばられないことこそを感じたり信じたりしているんじゃなかったかな、とも思い直す

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読んでいる本の世界にすぐとらわれる。
その時間に没頭している、その時に発する自分のつめた集中力のようなものが黒くたちこめる。

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鳥取から帰ってきたら、ちゅんがずいぶん早い時間に眠るようになっていた。
今までは自分専用の大きな木(と言っても部屋のなかにある背の高い観葉植物だけど)で眠っていたのだけれど、ある時から、タオルを干したりする洗濯バサミのついた物干しに眠るようになって。
ちゅんは前からその物干しにとまることが大好きだったから、洗濯物を汚されないように上に新聞をかけていたんだど、寝床にする時にはその隙間に潜り込むかたちになって、その新聞がちょうどいい屋根になるみたいだった。
木で寝ていた時には10時になっても11時になってもなかなか寝付かなくてでもわーわー眠気をアピールしていたけど、物干しを寝床にすると決めてからは日が暮れるとすぐに眠りたい、と主張するようになった。
自分で勝手に眠ればいいのに、寝床に連れて行って、ってわーわー鳴くのは変わらないのだけれど。
鳥がこんなに宵っ張りだなんておかしいなあとは思っていたけれど、うちに来て5年目にもなってやっと、ほんとうの自分の時間、場所をみつけたなんて、悪かったなあって思う。

夜中パソコンをやっていると目がさめたちゅんが目のまわりを真っ赤にして、ぽかぽか熱いからだで私の肩にぽとん、と乗ることがある。
起こしちゃったかー、と包むとしばらくじっとして、でも我慢出来なくなると手から逃れる。
なのに、私の皮膚を感じられるところにじっと丸くなってうとうとしたりする。
ふと視線に気づくとまじまじと私の顔を見ていたりする。
鳥はあまり眼球が動かないのだけれど、だから目の周りの羽根が一緒に細かく動く。
瞳孔がきゅっとすぼまったりわーっと開いたりして、細かく観察している。
自分の羽根づくろいのついでに、私の髪をくちばしでしゅしゅっと散らしてみてくれたりする。
そういう時自分だけが寝かされるのはいやで、かならず、私ももうお風呂に入って寝るからちゅんも寝ようか、って言わないとおとなしく眠らない。