二日目踊って

12/18/2011

重要なものだけを抽出した、抑えた作品にしようとはじめ考えていた。
もしかして踊りの作品とも言えないようなものになっていいと考えていた。
振付はあるけれどそれをからだが踊らない、イメージから派生した動きがどんどん消えて行って最後になにが残っているか、というようなことが見てみたい気がして。

結局あたまで考えていたようにはいかなくて、自分が欲しい感触を足していってみたら今のようなかたちが生まれた。
それはそれで正直な方向なので、ああ、こうなったのか、と時々一歩離れて眺めているようなところもある。

表面は散文的かもしれない。
地のしたを満たす、途切れずに流れているものを離さずにいるにはどうしたらいいかな。


わたしの振付を踊ってくれるひと、を考えた時にうまく思い浮かばなかった。
わたしと踊ってくれるひと、となるとなおさら。
みんないいダンサーなのでそこに問題はないのだけれど、どういう「対」になれるかが想像できないという自分の問題がそこにあった。
Mさんがしんちゃんを提案してくれた時にはじめは自分に男性への振付ができるとは考えられなかったからそれは面白いですねー、なんて笑っていたけれど、帰って考えてみたらなんだかそれはいいところをついている、という気がしてならなくて、思い切ってオファーしてみたのだけれど。


本番間近になってやっと作品に流れる景色のようなことを伝えて、それを受けて少しずつ踊りが変わってゆくのが面白い。
しんちゃんが踊ってくれてよかった。


5月に踊ったソロや、この間の写真展とはまったく違うことを差し出さないといけないような気が少ししていたのだけれど、そうはなれなかった。
なれなかったことが悪いことだとは今は考えていなくて、やっぱりいちばん正直な状態であることをしてみたかったのだからいいのだ、名前をみつけなきゃいけないことでもあるし。とも思うけれどこのもしかして別の可能性のところにぐっと持ち込むこともできるかもしれない感じが抜けなくて、なんだろうと考え続けている。

あと2回、誠実にやるのみ。