来し方

12/05/2011

はじめにつくった作品から実は変わりがなかったのかもしれない
いつもほかの存在との交換が可能なのはすべてがただ違うかたちをとっているだけ、そしてそれはどこにもないということに還るから、だから全体で終わる
ふくらみなどではなく帰結しない、もぎとられた、から、の音なのだという気がする
ここからどこに手を伸ばすのかという問題はいつも終わりより少しだけ手前にある
うめるのは引き延ばすためではなくて重力をかけて接着させる為なのだ きっとそう

ないに等しいことだけがこんなに捉える
岸にたどり着くのはほんとうにそれだけなのだもの
それは似ているからなのか実際にはわたしがあの時にひっそり置かれたままだからなのか

踊ることが会話であるなんて言えない
とうにこれからのことなど考えなくなったのは今を分けていくことに手を尽くしたいからで でも、そうしてどう離れてしまうのかを恐れない
懐かしいのは手が届かないものだからだ
なにもかもまっさらにやり直すなんてできはしない
積み上げてゆくことで降りるだけ、何周もして消えてゆくだけなのだという気がする

右にも左にも等しいまったく異なることを抱いてゆっくり揺すり、重さがなくなるまで それはふるいにかける行為ですらなくて破壊なのだろうか
きっとそうなのだろう
破壊し尽くしてやっと、懐かしさの中に佇むことができる

いつになってもはじまることはない
終わりと共に握りしめてしまった