踊っていると撮れない

12/01/2011


踊っていると撮れない。
自分が踊っているのを撮れない、のは当たり前なのだけれど、他のひとが踊るのを撮ることもむつかしい。
それは自分のほうが立っている感覚であるからだ。

今回は自分が振付をしていることもあるし、作品がなかなか定まりきらなかった(核は定まっているものの表面を選びきれない時期が長かった)こともあって気持ちにその余裕がないことも一因なのだろうけれど、ほんとうの理由は、撮る在り方と踊る在り方の違いにあるのだろう。
もしかしたら踊る在り方で撮れるようになってもいいのかもしれない。
撮るように踊る…ようになるということはまだいまいち想像がつかない、のは、これは私が撮るという在り方のことがよくわかっていないせいかもしれない。

今回も帰り道に「撮りたかったな」と考えることはあるのだけれど、あの場にいて撮れるとは到底思えない。
そんなふうに器用にできない自分を知ることは少し発見だったし、なんだか少し嬉しくもある。
撮れないのに嬉しいなんて変だけれど、そこにちゃんと別のものがあるのだということをわたしは知っているのだ、ということが。