* 『White Fields』 ユニット・キミホ

02/01/2009


観ていて、体温を分け合って生きる、ということばがふと浮かんできた。

視線をかわして、言い合いをして、別々の方向を向いて、歩きたいスピードが違って、触れる強さが怖くて、記憶が邪魔をして、間の心地が悪くて、咄嗟に手を差し伸べて、感情はあとからやってきて、時間が感覚を増幅させて、沈黙は距離になって、反芻が優しかったり傷つけたりして、歯を食いしばったり、夜中に声が漏れちゃうくらい苦いことを思い出したり、なんとか光を届けたいと願ったり、忘れたり、真上を見上げたり、馬鹿だなぁと言ったり、あきらめずに覗き込んだり、いつのまにかそこが陽なたに変わっていることに気付いたり、微笑みにつられたり、悪い夢を吸い取ったり、想って泣いたり、どうしても赦してもらえなかったり、手をつないだり。
寄り掛かってその表面の奥に骨や肉があって、消化したり息をしたりしていてそれがあたたかくて、
この瞬間何かを考えてる。
一緒にたどることはできないけれど…、
生きている。
わたしが生きているように。
それに、今この瞬間まで生きてきた。

どこまで手をのばせるだろう。
どこまで立ち入れるだろう。


ひとはひとりでは生まれてこれないけれどもしかしたら死ぬ時はひとりぼっちかもしれない。
長い時間をかけてそのことにむかって歩いていく。
踊ったり誰かと話したり絵を書いたり数学や星のことを考えたり建物を建てたり薪を割ったりしながら、
視線をかわして、言い合いをして、別々の方向を向いて、歩きたいスピードが違って、あきらめずに覗き込んだり、いつのまにかそこが陽なたに変わっていることに気付いたり、微笑みにつられたり、悪い夢を吸い取ったり、想って泣いたり、どうしても赦してもらえなかったり、手をつないだり……


孤独がときどき優しいのは、生きることはおとぎばなしじゃあないからかもしれない。

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KAYAさんお疲れさまでした。
まったく感想になってなくてごめんなさい。

1日もステージあります。是非。
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