撮影は延期、迷子のノート

06/23/2009


…と、思いきや、撮りたかった朝日は雨でのぞめまいとのことで急遽中止になってしまいました。
すごく残念。
でもフィルムも買いためたし次回を楽しみにしよう。

けれどほんとうに残念だったみたい。
写真も撮りたかったのだけれど、やっぱりときどきどうしてもここを抜け出して自分のなかにない景色に逢いにいきたくなる。
ここ何日かは九十九里のことを励みにしていた気がする。
深呼吸をするようにそこに対面したらがさがさとしたちいさな自分の中のあかぎれも馴染む気がして。
実際にはきっとどんな場所に出逢っても自分のなかの目でしか見れないしはかれないのだろうけど。
その景色や場所が新しいものをくれるなんて思うのは私の甘え。
ああ、もしかしてそんなふうに余分な気持ちがあったらいい写真が撮れなかったのかもしれない。
自分本位の、ぺらぺらしたものになっちゃったかも。
といっても私の写真は全て自分本位なんだけど。

ときどき叫びたくなる。
なにに向かってかはわからないけれど。
いつもこころが裸になったときに、むずかる子供を見つける。
これを的確に、価値のあるなにかにして差し出すことができたらいいのに。
その子供のために。

+

踊りのことを書きとめているノートを失くしてしまった。
読んだ本や見た映画、絵、などから踊りのヒントになりそうなことを書いたり、稽古でこれは!と思ったことを書き留めたり。
それから思いついた振付を書いたり、衣装のイメージを書いたりしていたもの。
どこにいったのかなあ。
でてきてくれたらいいんだけど。
あれがないと思い出せない振付もあるし困った。