住処とフィールドのこと

08/27/2009


辞意を伝えると、頑張ってくれている気持ちは分かっているし今すぐ次のあてがあるわけでもないのに放り出すのは心配だから、しばらくは頑張りながら他の仕事を探してみるのがいいんじゃない?いなくなったらボスも悲しむし。とのことば。
もうすっかり信頼を失ってしまったのかもしれないと辛かったのに拍子抜け。

ボスに申し訳ない、という気持ちの正体は役に立てなかったからではなくて、こんなに迷惑をかけているのに辛抱強く応援してくれたのに、はっきりとした未来の手ごたえを持たずにやめようとすることにあったのだ、と、友人と話して気付いた。
進みたいことのために決意するなら喜んで送り出してもらえる。けれど私はやみくもに、もしかしたら退路を断つためにやめようとしていたのかもしれない。
とても安易に、間違った方向へ作用させようとしていたのかもしれない。
今変えなきゃいけないのは表面的な環境じゃなくて、私の意識。
上手に落とすことは落とし、すくいあげることは慎重に丁寧に、そして向き合う。
なにも落とすまいとするから、欲張りつつもその欲に見合うだけちゃんと注がないから、全部曖昧になる。
曖昧だから自分の信ずるところがぼやける。
自分を疑うと、ひととも真っすぐ向き合えなくなる。

なかなか変われないなあ。
こんなこと考えたの何度目だろう。

仕事を続けてゆけるという環境には安心をもらってもいいのかもしれない。
たたかって折れる場所はほかにあるわけだし。
多分今はどちらもただぬるく安穏としてしまっているのだ。
だから迷うのだ。

わたしのしたいことをする、と決めなければ。
ちょっと出したことのないエネルギーと覚悟が要る。きっと。