* 佐久間かつえ写真展 にいってきました

10/25/2009

コニカミノルタプラザに写真を見にいきました。
あんな新宿の真ん中に入場料もいらず気軽に入れるギャラリーがあることを知らなかった。
佐久間かつえさんの作品が好きでした。

■佐久間かつえ写真展  (Click!)

20年前のクラスメイトを撮った写真と、今現在のそのひとを並べたポートレイト作品。
外国からの留学生のお部屋にお邪魔して撮影しているのだけれど、そのひとがその時にまさに刻んでいる空気が部屋に、表情に表れている。
こんなにたくさんの友人がこんなふうに佐久間さんを受け入れた表情をしていることがまず驚きだった。会場には佐久間さんもいて、「私はみんなのお母さんのようなものだったから」と明るく笑ってらしたけどこれは誰にでもできることではない。
今よりずっと他のアジアのひとたちに対して偏見のあった時代。逆に言えば日本に対する悪感情ももしかしたら今ほど薄まっていない時代。
写真に写っている本人のコメントが載っているのだけれど、その中に「日韓ワールドカップがあったおかげで両国の感情は和らいだけれど」という内容を見て、私は改めてその意識の差を感じてどきんとしてしまった。

この写真こそ佐久間さんにしか撮れない写真だなあと思ったらなんだかぐんぐんこころがあつくなって、ひとを撮りたいと思った。
いや、ひとを撮ることは簡単ではないな、とあらためて感じたのだけれど。
以前とてもお世話になった人が坂田栄一郎さんのポートレイト写真集を貸してくれた。あなたもこういうふうに、いちばんそのひとらしい表情が撮れるといいね、と言って。
その頃は今ほど写真に心を傾けていなかったから、いつか私はもっと写真が上手になれるのだろうか、という程度のことしか考えていなかったと思う。
今やっと、ひとであれ風景であれ、自分が目の前にするものを深く見たい、しりたい、と思えるようになった。
わたしにしか写せないそれはなんだろう、私が見るものにまっすぐ、正直にあるとはどういうことなんだろう。
呼吸するようにその存在に糸をのばすこと、そこなわずに包むこと。

佐久間さんとお話をして、照らされるようだった。
そうかそうか、と思った。
だからあんな風に受け入れてしまうんだ、と、もうそこがすごくストレートだった。
そして時間を越えて今のそのひとに逢いに行き、撮る。
写真ができること、写真だからできることのひとつだなあという気がする。

関口芭蕉庵の小さな森を散歩するお母さん。


PIERCING THE SKY―天を射るPIERCING THE SKY―天を射る(坂田栄一郎写真集)