* AAPA公演 『COVERS』 終わりました

10/04/2009


本番前、目の前の川の上を飛ぶ鳥がつばさを止めて風に乗り、尾羽だけをあちこちに傾けてためしてみているのを見かけた。
みせようとしないただ日常の動きの何気ない存在感。
わたしはあの空間のなかでなにをしているのだろうか、と考えた。

意識の階層のいろんな部分をいったりきたりする時間だった。
そのどの切り替えもわざとらしくなる気がして、嘘と演じることのぎりぎりをはかりかねた。
意識の芯のようなものがあったとして、そのまわりにあるものは全部情報としてかぶさってくる。
ボリュームがときにはあがり、ときにはさがり。
それはわたしのからだが立てる音だったり(呼吸や心臓の音)、対角線にいるダンサーだったり、床からの音だったりお客さんの視線だったり。
時間も変わる。
さっきの鳥の尾羽、とんぼが指先にとまったこと、1階の映像、あの稽古場のあの瞬間。

こんなに溢れる情報、イメージを、どうやったらこの不器用なからだにのせられるのか。
歯がゆかった。
たぶんアプローチの方向が違うのだとわかるんだけど。

+

イタリアから公演に来ていたダンサーがあなたの動きが好きだ、と声をかけてくれた。
もっと話したかったのにやっぱりうまく英語が話せなかった。
色や音をみてくださったかた。
踊りというところの前の、私自身の存在・動きのこと。
あんなに激しく動いたのは重力から逃れている気になりたかったからだろうか。

余計なものが多いのではない。
埋もれているからそぎ落とせばいいわけじゃない。
足りなすぎる。
からっぽだと気付かないように余計を纏っているのだ。

+

けれど無事に終えることができました。
今は複雑な気持ちだけれどそれこそを今は飲み込んで、次回に活かしたいです。

ありがとうございました。