* 『ブリキの太鼓』

11/01/2009

オスカルが成長を止めたのは大人の世界を単純に醜いと思ったからではない気がする。
生まれた時からとても冷静に世界を見ているように見えるけれど、やっぱりそこには微笑ましいくらいの短絡さのようなものがあって、その幼さが世界を畏れたんじゃないかという気がする。
ときどき『1900年』を思い出した。
父親の名前がアルフレードだからというのもあるけれど、なにか、あの時代のヨーロッパに流れている空気ってあんな感じなんだろうという私の中の感覚に近いひとびとのざわめきがあった。
オスカルは小さいのにちっとも可愛くなくて、目を見開いている様はちょっと気味が悪かったりもする。なので時々微笑んだりするとやっぱり少年らしい可愛らしさが覗いたりして、ほっとする。

子供はこんなにも大人の世界からは見えなくなってしまうものだろうか?
誰もが少しずつオスカルを踏みつけにして、気づかぬうちにその因果を受けているようにも見えた。
そしてそのことで傷つくのはまたオスカルなのだ、たぶん、それでもただ淡々と世界を見るのだろうけど。

成長せずにおとなに近づいていくオスカルと、世界の隙間にいながら大人になったサーカスのひとたちの存在との接点。
フェリーニがからだが特別に小さいひとたちに特別な気持ちを抱いている、そのことが前よりも少し違う角度で見えるようになったかもしれない。
そこに感じている神性のようなものに、なにか別の要素が加わったような。
…まだうまくいえない。

たぶん、怪物は世界なのだ。
それを私たちはオスカルに投影しているだけ。
大人以上に世界や運命に翻弄された子供に過ぎないのに。

漁師が牛の生首から鰻を出すシーンは鮮烈だった。
『サテュリコン』のはじめの方のシーン以来のグロテスクで美しい場面だったかもしれない。
同時にアラスカの漁のことを思った。
平然と生首に手を突っ込んでうなぎを取り出す漁師、いつもそれを買っている料理人は鰻をおいしそうと思い、オスカルは好奇心とざわめきとのないまぜになった気持ちに目を離すことができない。
お母さんは気持ちが悪くて今まで食べていた鰻が食べられなくなる。
ヤンはお母さんのことしか考えていない。


やっぱり原作を読みたいな。
原作の1・2巻だけがこの映画になっていて、3巻では主人公が成長している場面が描かれているらしい。
『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』みたいかなあとも思うけれどやっぱり本を読んでも映画のオスカルの顔を思い出してちょっと戦慄しちゃうんだろうな。

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