振付memo/主にOUTSKIRTS

06/11/2010


自分の景色、問題、記憶…自分の域を出ないものをどんな触媒を通して変換したいんだろう?
身体的な共感だけじゃなくてたとえばもっと機能に近いものは?

ある方からヒントをいただいて、その時に、ピナ・バウシュさんの衣装に触れた時のことを思い出した。
そしてつい先週見た大野一雄さんの写真のなかに衣装を撮影したものがあって、その時にピナの衣装の感触が指先に浮かんできたことを思い出した。
春の終わりにすごい雑踏の中の喫煙所なのにさくらが川に落ちてゆくのを写し取ったことも。

初めて日本を離れた時、海を渡っていったから、島から海を見た時に自分がどれだけ自分の場所から離れて遠くへ来たかということを感じた。
バスが反対の車線を走ることに慣れなくて心臓がいつも冷えた。
遠くへ来た、という実感の中には多分に感情的なものが含まれている。
時間のことも含まれている。
ただ身体におとしこむには、もしかしたらそれを全部吐き出してみたらいいのかしら。

たとえば海の向こうを見る身体について考える。
視線のひろがりや、胸がどのくらい遠くを見るのか、匂いを嗅いでいる鼻はなにをしているか。(花の香りではなく汐であること)
森の中にいるからだとの違いは何か。
街では?

何気ないけどなんだか思い返すとそれが記憶にあるような。癖までいかないけど。
楽器を弾く動きはほとんどが同であることと、生活の動きには無駄と呼べるものがない。
作り上げた振付は無駄だらけであること。

変わることはあたりまえだから、そこに甘えず、けれどそれこそがからだでなにかを生み出すことの強みでもあることを刻む。