NYテロ、青山墓地、聞えない耳

09/11/2010


NYのテロから9年が経った。
あの10日後、わたしはNYに踊りにいくはずだった。
そのころ働いていたスタジオでもう息が止まりそうで、やっと許してもらえた自由に踊れる時間。
わたしが地下で友人とご飯を食べているあいだに異変は起きていて、外に出るとメールと着信がすごかった。
家でぼうぜんとビルが崩れてゆくのを見ながらまだ、行くことができないなんて思っていなかった。
自分がここから逃げ出すことしか考えていなかったんだな。
NYにいけばちゃんと深呼吸ができるとしか。
カメラの目線が地上に落ち着いてたくさんの傷ついたひとを見たとき、わたしも我にかえった。

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空がすずしかったから近くの青山墓地を歩いてみた。
青山墓地は昔霞ヶ関から新宿まで歩いたときに迷い込んで怖い思いをした場所なのだけれど、それと知って歩けば別に怖くもなんともない。
私以外のひとは全員死んでいるんだ、と思う。
ただそれだけ。
誰かの死は眠りと同じでわたしをおびやかしはしない。

謐かだった。
ひかりもみどりも。

お墓を直接撮るわけではないけれどカメラをぶらさげていたからあんまりよくないかなあと居心地悪く思ったけど、蝉だってうるさく鳴いているし鳥だってときどき墓石にとんと飛び乗ったりしている。
なにをしちゃいけないなんてことはちゃんと自分がわかっているんだから微かな部分に聞けばいい。

墓地にあるごみ箱は生きているひとのため。
そのことが、ずっとこころにぶらさがった。

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きこえない耳のことを考えた。
聞く機能は失ったけれどふさがれてはいない。
音を集めるかたちが吸い込む音は、どこにもいかない。
もしかしたらきこえない耳のことじゃないのかもしれないな。
そういった、不通になったシステムのようなことかもしれない。どんどん吸い込んで先がないような。

去年きこえなくなった耳の検査をしたときに感じた戸惑いは色覚の検査を思い起こさせた。
低い音が音としてじゃなくて骨や皮膚への振動としてしか感じられなかった。
6は赤じゃなくてみどりだと思う、と言って保健の先生を困らせたみたいに、低い音は感じるけど振動としてしか聞えません、と言ってお医者さんを困らせた。

踊ることでなにもかもを無に落としていくことはできないのかな。
ためこんで落ちてゆくでもなく、放ってからっぽになるでもなく、どこでもないところにどんどんおとしてあとかたもなくなるというような。