年明けにかんがえたこと

01/01/2011

去年はここ何年かの中で一番忙しかった。(と毎年言っているけれど)

1月にはじめての写真展をして。
4月に高架下で踊ってあざと傷だらけになって、はじめての40分ソロを踊って度胸をつけて、5月に大好きな世田谷パブリックシアターで踊り、佐和香さんと共演して、コントラステで椿姫。
7月にヴァージンフェスタで大さん橋で踊って、8月に淡路島と大阪に初遠征して、9月に神戸で踊って。
10月はコントラステで蝶々夫人、踊りに行くぜ!!2の企画で鳥取でも踊って、12月にNYで踊って、それからゆうじさんの作品。
全部で舞台が13。

この1年間のこととは思えないな。
長い1年。
今こうして思い返して、どうして私が今だに、現在を6月とか11月って言っちゃうのかわかった。
その月だけ本番がなかったからだ。
ちゃんと息をつけたのがその月だけだったんだ。

そして、年明けにも鳥取と福岡と伊丹公演、最後に東京公演がある。
それから大きな写真展。
1月には大切なオーディションもある。
春まで気が抜けない。


新国立劇場の大きなオペラに出演したときに1ヶ月劇場にかんづめになった。(しかも、急に当日から)
演出家の方がイタリアの方で、振付の方もフランス人なんだけどほとんどイタリア人で、もうとにかくすべての時間をあけておかないといつダンサーが呼ばれるかわからなかったから。
そのあいだにたくさんのことをみんなで話して仲良くなったし、歌い手さんたちのことを眺めるのも楽しかった。
フルのオーケストラで踊るのも久しぶりだった。
マエストロがすっごくかっこよかったし。
4階席の向こうにまで生声が届くことを実感して驚愕した。
ほんとうの道化師の方と仲良くなった。
つくっていく作業には時間がかかる。
その時間をこんなに贅沢に使えるなんてうらやましいと思った。
カンパニーでない限りこんなふうにダンサーを拘束することなんか普通はできない。
私たちだって踊りの仕事に拘束されたいけど、そうはいかないから別のことをせざるを得ないわけだし。

今年の終わりから私のなかで、なにかスイッチが変わった感じがする。
踊ること、撮ること、わからないけれど自分はなんだ、と考えたときにうまれるなにかとの付き合い方・距離感のようなものが。
もうここにかかわるしかないし時間を使うしかない。
その覚悟についてのことかもしれない。


いったい自分はひょうげんというものをなんだと思っているのか?
と問い直したときに、すごく追い詰められた気持ちだったことがあって。
そのときに、
どうして踊っているの?
と友達がきいてくれた。
私は
生きているから
ってこたえた。
どうしてひとに踊りをみせるの?
ときかれて
一緒に生きているから
ってこたえた。

そういうふうにこたえたことに自分がいちばんはっとしたんだと思う。

そのこたえに、まだわたしは全然応えてないじゃないか、と。


すべてふくめて、わたしは選ぶんだと思う。


表現することを抜きに生きることは考えられない。
今からだのなかに膨大に詰まっているなにかをどうやってかたちにしたらいいかずっと迷いっぱなしだけど、このことをことこと煮ながら、ときどきドラゴンみたいに吐き出しながら。
今、踊りと写すことのふたつが手元にあってしんどいと思うこともある。
単純に時間が足りない。
私の中で踊りと写真はお互いに補完しあう表現方法なのでその意味ではなんにも苦しくない。
苦しくないはずなのだけれど、ときどきなにか引き裂かれるように、立ち止まってしまう。
なにが起こっているのかまだ自分にはわからない。
いつまで赤ちゃんみたいに世界を発見してまわるつもりなんだろう。
でも、ざぶんって海からはじめて顔を出したみたいなことがいつもいつもあって、その時にやっぱり全部が塗りかわってしまう。


自分には何ができないのかということもわかってきた。
それはちょっとつまらないことのようだけど、実はとても大切で、大事なことをちゃんと手に取るための一歩だという気がする。
限りのない螺旋階段を降りてゆける自分というものをまだちゃんと手元に持ちつつ、けれどその一方で絶対にそこにはわたしの階段は繋がっていないよ、という部分も認めなきゃいけない。
生まれてからずっとだめだなあ、できないなあ、いつか直そう。と思ってきたいくつかのことはことごとくそのままで、それをごまかすことでいっぱいしっぺ返しをくらってきた。
だから、もうだめなものはダメと諦める。
その代わりにたからものを掘る時間を増やそう。


不思議なことに年の終わりあたりに、来年はこういう年になるだろうなという予感めいたものがあちこちからあつまってくる。
砂鉄みたいに。
友達の会話から、ふと読んだ本から、思い出したちょっとしたエピソードから。

来年は、身軽になって選ぶ年になるんだと思う。
ちゃんと骨まで洗ってきれいになって、いちから。
たいせつなものの手綱は離せないに決まっている。
そういう無理もしなくていい。
欲張ってもよくて、ただ、自分を苦しめるもの(そういうものを作っているのは結局自分なんだけど)を見極めること。

あと、もうちょっとちゃんとバレエの稽古がしたい。
NYで踊ったら自由にやりすぎて叱られちゃった。

+

元旦はおばあちゃんち。
8月に行った岩手の写真をアルバムにしたから、それを渡す。
親戚のチビちゃんと遊ぶ。
ちゅんはちょっとだけお留守番。