てのひらからいったいなにが

01/01/2011

我慢することをやめてもっと自分を見せてもいいですよ。と言われてどきっとした。
けれど、どうしたらそういられるのかわからない。

我慢が感覚を鈍らせていることは確か。
元気でいたいのもいい顔していたいのも本心だからいいんだけど、きっとときどき行きすぎて表面を歪めている。
自分に一番近い空気の薄い膜のようなものがさざなみをたてるのを感じることがある。
あまり強くそれが揺れるひととは、話すのが怖い。

なにが欲しいのかなにが問題なのかうまく掴めないのも、自分のほんとうの欲や感情を分厚く包んで見ていないから。
泣きたくても泣かない。
怒りたくても怒らない。
表に出していいのは笑うことだけだと思っている。
例えばちょっとこころが痛んでも、そう簡単に傷つくほどやわらかじゃないと思う。泣くほどつらくない、と冷静に考える。
ほんとうはそんなにいろんなことを強く感じない質なのかもしれないけど。

今までそういう部分が助けてくれていたのは確かだけれどこのままだと蓋はどんどん頑丈になって自分では開けられなくなっちゃう。

踊る時だけはなにも我慢しない。
いつも閉じ込めているエネルギーとか光るものとか強さとかを解放しても誰も傷を負わないから思い切れる。と言うかもうそこに膜は存在できなくなる。
全部で生きているかんじ。

でもつくるとなったら、私はわたしのもっと切実なものをちゃんと掘り出して面と向かわなきゃいけない。
わたしのおおごとを些細だと考えることは時にはやめなきゃ。
わたし自身の悲しさも怒りも主張もとるにたらないとしまい込むのは。