福岡市早良区百道

02/27/2011

本番を終えて今日は夜の飛行機まで自由時間をもらったので、昔住んでいた町に来ています。

小学校の5年生3学期から中学校1年生の1学期までの1年半だけ住んでいた早良区百道というところ。
駅を降りたら家族で時々行ったちゃんこ鍋と麺を合わせためんちゃんこというお店がまだあって、ももちパレスもすぐ見つけられて懐かしかった。
川沿いをずっと歩いたらびっくりするくらいすぐにもともと家のあった場所に出て驚いた。
子供だったからたくさん歩いた気がしていたのに。
福岡拘置所の目の前に社宅があったのだけれどもう他の建物になっていて、でもその道とか、星の観測をするとかいう口実でろうそくを持って遊んだ倉庫のあった辺りを何回も歩いて、友達の家があったところや学校にも行きました。
学校は海のそばなので松がたくさん校内に植わっていて春には校庭が真っ黒になるくらい毛虫が落ちていた。
バドミントンをした体育館とか、今は冬でお休みのプール、中学の時はすごい厳しい体操部の先生が竹刀を持っていたこととか、うさぎ小屋が移動していたりとか、汽笛を聞いて帰った裏門とか、カモメにパンの耳をあげていたガードレールとか、引っ越しの直前に好きだった男の子にファミコンのソフトを借りた橋とか(その男の子とは大人になってから東京で再会して新宿御苑でおはぎを食べた)、そういう思い出せる場所をひたすら歩いて、また川に戻って手作りのベンチを見つけてぼんやり。

道の向こうにお父さんとお母さんがちょっと若い頃の感じに似たご夫婦が散歩をしているのを見かけて、なんだかたまらない気持ちになった。
ふたりともまだ元気だし散歩したりしている姿を見ているけど、当たり前だけどここに住んでいた頃に比べたら私が大人になった分だけ年をとった。そして、それと同じ年数を重ねたら、もしかしたらもういなくなっちゃうのかもしれないよなあ、私もたぶんもう60年くらいしたらいなくなっちゃうからそう考えると時間は悲しいとかも無しにするからすごいなあ、みたいなことを考えて、はっと計算してみたら母がここに住んでいた年齢はちょうど今の私の年齢なのでした。
母は私の年齢でもう中学生の娘がいたんだな。
私が踊ることばかり考えていた年齢に私を生んで、それから私が踊ることをからだにしみ込ませた時間分、私と一緒にいた。(今もいますけど)
私はいまだに自分の家族はなくて、こうして、子供の頃には考えられなかった舞台の仕事でここにいる。
ひとの過ごす時間ってなんて、それぞれなんだろう。

もちろんめんちゃんこでお昼を食べて、私が引っ越した後にできたよかとピア会場跡にできた福岡タワーに登って(カップルしかいなくてちょっと恥ずかしかったけど)、藤崎商店街を歩いて、今商店街のカフェ。
商店街ではいつも家族で買い物に行くたびに買ってもらって食べていた回転焼き(今川焼きみたいなもの)を買って、家族のお土産にしました。おうちに着く頃には冷えてしまうけど。


もうとっくに大人になったけど何が変わったんだろうな。
きょろきょろしながら歩いたり、いっぱいものを考えたり、カフェひとつ入るのもどきどきしたり、でも子供の時には自分でお金を払ってカフェに入ったりしなかったけど、でもなにが変わったんだろう。
おばあちゃんになってもそういうふうに思うんだろうな。
ただ長く過ごしただけだよ、っていうふうに。