太古の洞窟の影のこと

03/08/2012

ヘルツォークの『世界最古の洞窟壁画3D 忘れられた夢の記憶』を観たいな。
洞窟にはむかしから何故かこころ惹かれる。
洞窟はお母さんの子宮です、みたいなこともあると思うのだけれど閉所が嫌いなのにどうして洞窟が好きなのかな、いつも光が当たっていないというところがぐっとくるのかもしれない。
水に関してもそうだ、きらきらおひさまに照らされている小川も好きだけれど地上に出てこずに隠れて流れる水脈や洞窟の中の泉のほうにより惹かれる。
トンネルの向こう、のような絵が好きなのももしかしたら洞窟に棲んでいたころの記憶からなのかもしれないな。
洞窟から世界を見たら入り口がフレームみたいになって、だから壁に絵を飾りたいのかもしれない。

いちばんはじめの壁画は洞窟にたいまつを灯して持って行って、そのほのおが自分たちを照らすその影を指でなぞったものだと言われている(という話をどこかで聞いた気がする)。
絵とは影なのだね、そして踊りとは描くことでもある。
むかしからひとは自分と影というものが表裏一体だということを知っていて、それをなにかしらのかたちで残す、もしかしたらどこかにつなぎとめることでその呪縛から逃れたのかもしれないしそこに自分の一部を縫いとめる行為だということも意識していたんだろうなあ、そう考えると絵と写真は遠いなと思ったけどやっぱり近くて、そしてやはり、踊りと絵はとても近いお隣さんだなというふうに思う。

映画のサイトを見ていたらヘルツォークが小さい時にロスコー洞窟の馬の壁画が表紙になった本をどうしても欲しくて手に入れるためにお小遣いをためながら毎日その本がなくなりはしないかとドキドキしていたというエピソードがあって、「なぜか、当時の私はその本が一冊しかないと思いこんでいました。」というのがよかった。
すごく小さい時に長い散歩を終えて母に「今日は地球一周したかな」と訊いたことを思い出した。
なにもかもが特別でたったひとつしかなかったことを、わたしはよく忘れる。