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03/09/2012

どんなふうに雨を見たり聴いたりしていたか忘れてしまった。
遠くてなのか、ふかくしまいこんだからなのか、確かにその時も色んなことを考えて感じて、そういうことはたったひとりで隠れ家のなかから見つめるものなのだということを知っていた。
その場所にある空気がどういうものに向けられているのかうまく判ることができなくて訊こうかなってたくさんのことばが浮かぶ、でも口から出る前に重なりあって消し合ってそうして息しか出てこない、だから違うことを考えているふりをする。
今でもそういう時に見つめるやりかたは同じだ。
いちばん柔らかな場所をひらきっぱなしにして、問題を置いてくる。
片手を冷たい場所に浸しながらうつくしいものを目でさがす。
なんにもかなしいことはない、と確認してもこころだけなぜかかなしい。
折り重ねずにシンプルにかなしめばよかったのにな、だから今でもことばのないものを眺めるようにしか、うつくしいことに触れることができない。