大阪へ

04/05/2012

ぬかがさんの写真展を観に、大阪まで車でぶんぶん行って来ました。
夜行バスで大阪や京都に行ったことはあるけれどずっと景色を眺めながら走っていったのは初めて。おやつ食べたり、他愛もない話をしたりしながらの車中は楽しかった。

額賀さんの写真の感想はまだうまく書くことができない。
自分の中の傾向のようなことはなんとなくもやもやと浮かんできてはいるのだけれど、まだそこに留まっていて、いきつかない。
けれど観にいけてよかったし、額賀さんに逢えてよかった。
Acruのシノハラさんや、額賀さんの夫のヒトに逢えたことも。

体験としてはっと鮮やかだったのはぬかがこちゃんに逢えたことがそのひとつだった。
ぬかがこちゃんは私を後ろから抱きしめながら「ひとが邪魔」と言った。
どきっとした。
わたしはその時ちょっとむき出しみたいな状態になっていて、でも表面ではそれをへらへら笑うことでなんとか誤魔化していたのに、ぬかがこちゃんは熱帯みたいな渦で私を捉えた。
なんだかそのときに額賀さんの中心、なんとなく今まで感じていた層の向こうのものを確認した気がした。

楽しい旅だった。
けれどしんどい旅だった。
今のわたしにとってひとと接することが喜びであり、同時に逃げ出したくなることでもある。
だって剥がれてきちゃうから。
今は前みたいにどうやって隠しておけばいいのかわからない、ひとにも、自分にも。
痛みを知らないような顔をしてきたのはばかだった。
ホテル・ニュー・ハンプシャーの熊に似ているね、と言ったひとがいた。
ナスターシャ・キンスキーが大好きだったけど言っている意味がわからなかった。
あのひとが言っていたのはこういうことだったのか。


もうひとつ素敵だったのは、2日目に行ったcolissimoで踊ったこと。
ふらふらしていた私をMさんがつかまえて、好きな場所があるからと連れていってくれた。
そこはなんというか、そのためにとっておかれたような場所だった。
そのためにというのは、たとえば私にとっては踊りはじめられる場所だったということで、ほかのひとのためにはどんな場所になるかは知らない。
カメラを構えたMさんは「踊って」と私に言った。
Mさんとお会いするのはこれが2回目だ。
踊って、と言われて急に踊れるものじゃない。(もったいないからとかじゃなくて、照れるから)
なのに私は何の躊躇もなく踊りだした。
カメラを抱えて、ジーパンとブーツで動きにくいのに、くるくる踊りだした。
まったく構えない、ライトな動きだったしなんにも込めたりもできなかったけれど、ただ風を受けてやっと翔んだ。
額賀さんが途中で撮ることに参加した。
額賀さんに踊りを見てもらうのは2回目だ。心斎橋のdance boxに2年前かな、来てくれて、その時わたしはたくさんのお客さんのなかから額賀さんはあのひとだ、とすぐにわかったのだった。
踊り終わったら景色が変わっていた。
ずっとさっきからうつくしかったけど、もうわたしはそこを飛んだからなのだった。

踊っていれば怖くない。
なにもためらわずに開くことができるから。
踊るという日常から離れた行為のなかでなら放っていい。
なにも壊さないし損なわない。
なんにも邪魔がない。
壁も床も空中も、へだたりがない。
溶けて行き来できるんじゃないかと思う。
理由なんか探さないでかまわない、最初からあるものを持ってそこに起こる全部のことをただ見ている、それがからだを通ってゆくのに耳をそばだてる。人間の部分に感情のようなことが沸き起こって、また次のことを起こす。
「ひとが邪魔」か、とまた思いだす。
だけどこのからだがひとの一部だとすれば、わたしはこのために身につけたのだ、といつかぬかがこちゃんに話したい。時に足枷みたいでもあるけれど。
技工と技術はほんとうの姿をなぞるために必要で、自由に羽ばたくために繰り返し行われる助走、それを忘れるためにあって、だから積むほどに消えてゆく。
表面を吹き払っていつのまにか、濁りを追いやった。

だんだんその場所にみんなが集まってきて、やっぱりそれぞれが好きに過ごしだした。
もうそこは私の踊る場所ではなかった、みんなの場所になった。
でも私はMさんにひとつ磁石をもらった。
遠くから波の音がする。
風が変わって、いっきに吹き払われて澄んで、今でもそれが鳴り響いている。

 
踊っていればこわくない。
でもわたしには一度地上におりる必要があった。
ひとりでいたら孤独のことなんか知らぬままだから。

 
気づいたら、あの場所の写真を一枚も撮っていない。