日記、5月11日

05/14/2012

クレマチスの丘のおかから
5月11日

WSの二日目に行く。
昨日使った背中が少し重たかったけれど朝早くに新宿にいることは久しぶりだったから静かな気持ちだった。
青梅街道を歩いていたらマクドナルドの方がコーヒーを無料でくれた。蓋がついていたのだけれど歩いているうちに空気穴からじゃぶじゃぶとコーヒーが漏れてしまって、歩くリズムを時々変えたりしてその波を鎮めていた。
昔から液体を左手で持つことが苦手だ。すぐに乱してしまう。
自由に動くことができるようになった気がしていたのに新しい場所にまだゆけずにいる。これもあれも知っている、なぞることで得られるものも否定しないけれど今はからだが千切れるようなことが欲しい。

久しぶりに都庁のベンチで昼を過ごした。高校の頃、毎日のようにここにいた。なにも変わっていない。木すら大きくなった気がしない。コーヒーを飲むようなお金も持たなかったので寒くても暑くてもここで過ごして、そのひとを仕事に見送ったり歩いて家に帰ったりしていた。
作ってもらったおにぎりが美味しかった。
合流できないかな、と諦めて新宿に帰ろうとしたら逢えて、もう一度ひなたぼっこをした。

体調の悪さをひきずっていたので早めに総武線に乗って眠った。行けるところまで行って折り返してこよう、と思ったら船橋についてしまった。船橋はIKEAがあるところだ。折り返して浅草橋で降りたらアサヒ・アートスクエアは浅草だったことに気づいて急いで電車に乗って、そして好きなカフェに入った。川沿いの、アサヒ・アートスクエアやスカイツリーの見える3階でひとを待つ。
4月に会えなくて12月以来に会った友人と時間を過ごす。ふたりとも普通の煙草を吸っているな、と思う。共有したいたくさんのことを話すことはできなかったけれど短い滞在時間のなかでわたしに時間をくれたことが嬉しかった。
まだたくさん話せる時間はある、だからなにも焦ることはないと思った。

夜は関内に急いで向かって、横濱エアジンでジャン・サスポータスさんの即興を見た。
ピナの作品に出ている彼を見ると私はいつでもなにかからだに伴わないひとの業、それも静かな、漂う影のような匂いを取り去ったものを思うのだけれど、その場にいるジャンさんは冥界をさまよっている存在みたいだった。彷徨っていると言っても彼にはそこでいつのまにかしている役割があって、つまり彼は彷徨っているもののことを導くものであるのだった。
コントラバスの齋藤さんとチューバの高岡さんの出す音も素晴らしく密度が高くてたのしくて、それの中にこのからだがあると空気は生理食塩水のように濃くて連れてゆかれそうだった。こんなにたくさんの景色がからだから、音から、生まれるのだ。からだはこんな種類のよろこびを受け取ることができるのだ。こんなにチャーミングで遊びごころいっぱいのことができるなんて、なんて成熟しているんだろう。
わたしだったらどう動ける?彼だったらどんな音が出せるのか?ということも同時にずっと考え続けてしまう。同時に呆けたように生まれ続けるものを浴びて、飲む。
ずっと咳が出そうで手で鼻をあたためていなければもっともぞもぞしてしまったに違いない。
終わってからもじもじしながらもジャンさんにお話しに行ったのだけれど私は8割がた日本語で喋ったし、意味を伴わないジェスチャーや興奮しすぎのテンションだった。そう、伝わったのは興奮だけだっただろうな。あとはあなたと踊りたい、ということば。
誰でも踊れるよ、とわたしはすぐに言うのだけれど誰でもがダンサーのように踊れるわけでもないしダンサーであってもジャンさんのように踊れるわけでもない、それは私のように踊れるわけでもない、ということだって言えるのだけれど、でもそのパフォーマンスを見ながらわたしはほんとうに踊りたかった。
ジャンさんのあの空間に切り込んでゆけるのか、とかそんなこと関係なくて(もちろんできはしない)ただわくわくしてからだの思うままに隣に行ってみたかった。隣にいけない瞬間ばかりなのもわかってる、でも、あ、今思い出したのだけれどジャンさんの手はとても温かくて柔らかくて、乾いたすあまのようだった。握手したとき、真っ赤なほっぺのまま私の目をじっと見てくれて、一緒に踊りたくなったのはジャンさんがあのとき何かしらをおおきく受け入れているように見えたということにも理由があったのかもしれない。

一緒に踊ろうよ、ってだから私はこれからも言い続けると思う。
からだがあれば踊れるよ、って。
踊り方なんかどうだっていい、みんな自分の踊り方を知っているんだから。
いっしょに踊ろう、あなたの方法でおどって。
わたしはあなたが踊るのをみたいんだよ。