なぜこたえのないわたし、のようなことをいつも考えるのかについて

06/25/2012

もっと多くを望む自分でありたい。
ある種のことに打たれたことで怖いこともたくさんできてしまった、でも怖いからって、しんどいからって欲しくないわけじゃないことはよくわかってる。
よいことも悪いことも自分が強く感じることに向かっていつも進むしかない。そんなふうにしか解決してこなかったからきっとこれからもそう。
もし今大きな支えが自分の中にあるのなら、それは周りのひとたちであるし何かを言いたい、踊りたい、というエネルギーかもしれないし、与えられていまだ乾くことのない愛情かもしれないし、指いっぽんでもそのことによって動くのであれば求め続けたい。
弱虫を退治するのはなかなか容易ではないけれど食われてしまってもいいと思えないなら、しんどくて諦めたいと思うならなおさら、そのしんどさを食べてしまったあとのことが、わたしは見てみたい。

死にたい、と知りたい、は似ているな。
でも知りたいが死にたいよりうんとまさっているうちはわたしは知りたがるだろう。
知りたいの設定先が尽きぬものであるしばらくは、その欲を燃やしておけるだろう。