魚と書

06/02/2012

魚はどこか、書に似ている。
長嶋くんのコラムを読んでそんなことを考えた。

とても好きな字を書くひとがいて、たとえば「の」の字のカーブとかぐっと鉛筆をひるがえして角のひっかかるところなどの妙なる呼吸の運びもよくて、いくら眺めても飽きなかった。
そのひとは母の習字の先生だったのだけれどお手本をいただいて私も何度か練習して、みていただいたことがある。
もうその時かなりのお年で、自分の字は自分の肉体とともにこの世からなくなる、だからその前に若いひとたちに伝えたいのだ、とおっしゃっていたそうだ。

魚が書に似ているな、ということを考えていたら、そういえば植物にだって似ている、と気づいた。動物にだって。
生きているものに限らないかもしれない。
というところまで考えて、もしかしたら書自体が輪郭とそこに内在するものから成り立っているということなのかもしれない、という気がしてきた。
静かであろうと、躍動していようと、いのちというものを私たちが感じるもの、その生えいづるものの持つ実体と輪郭。

「自分の字は自分の肉体とともにこの世からなくなる」ということばは、わたしにとっても覚えのある気持ちであった。
それを儚むというよりは、いずれすべてのこの世からなくなるものと隣り合って過ごしていることを、よく思う。
ひとりのときにはとくに。