碧落

08/11/2012

何もかも、もぎとって毟りとってばらばらに吹き飛ばしたい気がすることがあって、でもそんなときただ座ってそのものを見てる、そして衝動だけがもぎとられて毟りとられてちりぢりに吹き飛ばされる、あとにはがらんと何もしなかった手と沈黙で満ちたからだだけ残って小さく呼吸が肩に入ってゆくのをみてる
もう十分、今としては十分別の場所に身を置いたと思う、だけどいざ立ち帰ろうとしたらすかすかなのはこちらがわのからだではなくて信じてみていた全体なのだった、それに気づいたことを収穫と呼ぼう、たとえば、まったく野放図に刈り取られて台無しになってしまった残骸を、ところどころ弾けた綿だけで霞んだ曇り空をそう呼べるのであればだけれど、何も手に重みを感じなかっただけましだ、と言えるなら
言えるのか?言えやしない、言えやしないと言えるだけの骨をわたしはもたない、歩みは砂みたいに崩れていってただぎりぎりで飛び込んで痛みをしらなかった
見上げてばかりいるのはそこに理想があるからでも涙を乾かすためでも宇宙を落とそうと思っているからでもなくてそれはそれは不思議で、空をみるたびに、新しく永遠の発見をするからで、けれども遠いな、手をのばしてみよう、と地球の中心と結ぶためなのだという気がする
もしひっそり、ひっそりどこか遥かに離れた島に流れ着いたらやすまるのだろうか
どこにいけば、ここはつかの間なのだと待たなくて済むのだろう