あるおうち

01/10/2013

町田のうちが懐かしい。
はじめて行ったのは今頃だったかな。
家のなかでも気温はマイナスだよ、と聞いていたとおりに寒くて、とっておきに美味しいワンプレートのご飯が出てきた。

ほんとうにこころをゆるすまでに時間がかかるようで、少しずつそこに自分を預けてみてある程度の重力が生まれてやっと、かえる場所なのだと思える。
ひとにも、空間にも、役割のようなものにも、それは同じ。すぐに打ち解けてみせてるつもりなのだけれど実際のこころの奥は雷のあとの猫のようになかなかうかがいをやめない。誰にも知られないようにうかがっているつもりだったけど私の周りのひとたちはそれを全然隠されていないこととして見抜いていて、わたしだけがええっ?人見知りってどうして分かったの?と驚いた。

いつのまにか町田のおうちのことを「我が家」って呼んだり今日はあやつはご飯を食べるのか、何時に駅に着くんだろうかね、と話題にすることが不思議でもぞもぞ、ふかふかした。
だって、なんでもいつだって簡単にもぎ取られてしまったりするじゃん。
なにより、なんだって手のひらで机の一番端っこに追いやって乱暴に落っことしちゃったりする。
だからあんまりたくさんのものをたいせつに、やわらかに基地のなかにいれこみたくないんだよ。

実家はいつも家族だけで、お客さんがくることがなかった。
父も母もひとづきあいが苦手で、でも誰かお客さんが来るといいのにね、って言ったりしてて呼ばなきゃ誰もこないよ!っていう。
こびととか妖精を待ってるような家族。
たくさんの友だちが町田のおうちに来るのが嬉しかった。
でもそこにどうやって自分が存在していいかわからなくて、ただ眺めたり声を聞いてたりする。みんながもぐもぐ食べてるのを見てるのが精一杯。楽しいかな、わたしはどうだろう。そんな余計なことばっかり考えて馴染んだりほんとうに話し、見ることを疎かにする。
たくさんの友だちが町田のおうちに来るのが、だからちょっと不安だった。
そういえば昔から、友だちが珍しくうちに遊びに来てくれて自分が思っていたより早く「帰るね」って言われたら猛烈に悲しくなってたなあ。私といるの、楽しくなかったのかなあ?それとかその子が漫画ばっかり読んでたりするとおろおろして息が苦しくなってた。
私ばっかりを見て欲しい子どもだったんだなあ。
やれやれだ。

町田のおうちにいるときに誰もいなかったりしてよし、じゃあ帰ってきたらびっくりさせたいから掃除でもするぞとごしごしやってると必ず、蜘蛛が目の前に降りてきた。
わたしはそれをおばあちゃんかおじいちゃん(おじいちゃんはお元気)みたいな主の化身だと思っていて、だから掃除のたびに蜘蛛をさがすようになっていた。
良太くんは蜘蛛とかいると速攻で退治しようとしたりするから守るのが大変なのだけれど。
庭のばらは咲いているだろうか。
出かける前に挨拶をしたからきっと隣の奥さんが世話をしてくれている。
パセリも、ローズマリーたちもきっと奥さんの手にかかれば元気だ。
携帯の番号でも交換しておけばよかったな。そうしたら椿やばらの写真を送ってもらえたし私も雪の写真を見せられたのに。
奥さんのこと、なんだか好きなんだ。

あんまりたくさん大切なものを持ちたくない。
だって私はいつだって飛び回っててかえりみないんだもの。
たいせつなもののことを考えると涙が出てしまう。
引き止めないで、って思う。
引き止めたってわたしはそんなに君たちをたいせつにできないの。
雑なにんげんだから。
思いやりもないし。
でもひきとめたくなるものを持つのがほんとうは好きで、なんて身勝手なんだと思う。
お返しできないのに。
ゆっくり立ち止まっていつまでも見ていることができないのに。