Ailleurs

03/15/2013

自分の居場所は自分でつくり、自分でそれと意識するしかない
そんな風にきちんと心がけて動くと小さくちいさく嬉しいことが起こるし、不思議な繋がりが自分を広げてくれる
いつも、ほんの少し腰をあげればいいのだと分かっているのにわたしは変わらぬことを守り続けようと欲張って動けなくなってしまう
流れなきゃ。
飛ばなきゃ。
動かないと淀んでしまう

まっすぐこっちをみてくれたあの男の子を撮ってから、ひとをまた撮ってみたいと思えるように少しなった
傾ける時間とか、その姿勢がなんだかスマートじゃなくて気恥ずかしい、いや、恥ずかしいというよりももっと生々しい何かがそこにあってそこをすっとばしていたけれどたぶんそれではダメなのかもしれない、鍵は、親密さ、のようなものだという気がする。
それに応えてもらえない気がしてかすめとるような撮り方しかしてこなかったのではないか。

ずっと無沙汰をしていてまたわたしは自分から縁を薄くしてしまった、と残念に思い返していたひとから急な連絡。
少し動いたら組み変わるように何かが流れてくる。
いつもその流れに甘えてきた。
たぶんもしかしたらこういうことに甘えられるほどには幸運だったのかもしれない。
もらうだけじゃいやなんだ、と思うから、自分の外側に重心をおく。

変われるだろうか?
醜さのことは知ってる。
怠惰も知ってる。
まだそれを手なづけるほど大きなこころでいられない。
でももしかしたらそばにいて欲しいと思うひとたちが助けてくれるかもしれない。
まっすぐ望むなら。