今度こそは迷子にならずに

12/06/2013

涙が出るのはほんの小さなことを思い出した時だ。
かおちゃんタバコ吸おうって言うひとが隣にいない。
寒くないといいなって夜中まで待ってることもない。
ご飯をつくってくれる横でうろうろすることもない。
じりじりとしたこころをただ帳消しにされるようないっときも。

飛行機が滑走路を走り出したとたん、この視界のどこかにあなたがいるかなあ?と考えたら涙が止まらなくなった。
ぼやけた視界をごしごしこすりながら、どこがあの道端でどこがあの家の灯りなのか目をこらす。
この灯りのどこかにいるよね?
その灯りをわたしはおいて、わたしは飛び去る。

すぐに薄い雲をくぐり抜けて夜の層がひらけると、遠くに併走する飛行機がみえた。
あなたはどこに行くの?
わたしは、大きすぎるものをおいて飛んでいこうとしてる。

大きなオリオン座が目の高さにあった。
その左下をひとつ星が流れていった。
分厚い飛行機のガラスには機内の明かりが反射しているからほんとうに星だったのかわからない。
でも、わたしは流れ星だと思うことにした。


水平線がうっすらと明るんでくる。
星のひかりが運河を照らし、そこに水があると知らせる。
月明かりじゃなくて星の明かりがこんなに地上を照らしていることを知らなかった。
ひとが移動するための道を、ひとがとどまるための家の明かりが照らして、町のあかしになる。
けぶって、地が割れて煙が噴き出しているように見える。


もしソンタグが言うように写真に撮られるものを自分のものにするのが写すという行為なのだとしたら、そんなことはとてもできないと感じているから撮れないのかもしれない。
“写真が持つ受動性こそ写真のメッセージであり攻撃性である”


夜明けに向かって飛んでいる。
見下ろすと流氷があちこちに浮かんでいる。
窪地に雲がたまって、そこだけをほのかな光と湿り気で満たしている。
雲を通してどんなふうに太陽が照らすのかを地上におりて見てみたいと思う。
雲は空気の地形だ。
山を作り、溶け、湧き出しながらその場所がどれだけ温められているか、どんな風が吹いているかをわたしに教えてくれる。

8年前に3日だけ来たパリ。
トロントに半年もいてちっとも英語が上達しなかったから、フランス語を話せるようになるには大きな努力が必要だろう。
だけど少なくとも、この町をたくさん歩いて自分の景色を増やしたい。


なにも捨てるわけにはいかない、だから涙は出るのだし、
それでも去ってゆくことはやさしい、だから涙は出るのだろう。


併走していると思ったのは、シリウスだった。