一年の空白

03/10/2013

その配達所から間反対にそのひとのうちはあった。
途中から車を降りて狭い入り口を入る。脆そうな複雑な壁が迫る、エレベーターのような煙突のような通路。そこを抜けたら今度は塀の上を歩かなければならなかった。塀はさまざまな角度に合流していてまるでアスレチック。表札代りの細長いネオン看板が出ているのでそれをたよりにする。
本人は帰っていないようだった。図書館かコミュニティセンターを兼ねたような場所でおそらく演劇やアートの発信基地になっている家。
待っているあいだいったん近くにある元実家に行こうと思うがそこには温泉しか残されていない。
屋根のないベッドルームの向こうの温泉に入るといつも私につきまとうひとが無理やりに入ってくる。
わたしは冷静にそのひとをまき、からだを拭いてもう一度家主が帰ってきているか訪ねることにする。
そのひとは帰ってきていた。
随分人相が変わっている。目の周りのふちが黒ずんで光って、頬骨がうんと高い。もう元々の顔が思い出せない。
3人でご馳走になったあとふたりが居間でテレビを見ている間に話しをする。
あれから病気になったこと、○○したよ、と早口にいうので訊き返すけれど返事がない。一緒に作品をつくりたかったから回復しようと頑張ったけどある日なにもかもが壊れてこうなった。
随分作品づくりで苦しんでいたのを知っていた。わたしがそばにいたら今とは違う風になっていただろうか?空白を悔やんだ。
話しているあいだにだんだんと支離滅裂になって、最後はなにも可笑しくないのに笑いはじめた。自嘲するような笑いかたはまったく彼らしくなかった。
手に触れたら体温がなかった。どうしてこんなにも変わってしまったのかとショックで半ば逃げるようにうちを出る。
かおちゃんはほんとうにあのひとが好きだったの?と訊かれる。今も好きだよ、と答える。
配達所まで来てからやっぱりもう一度引き返して気持ちを伝えたい、と2人に言う。
さっきの脆い通路は崩れていた。白い石灰石でできたブロックを背中で落ちないように支えてひとりを通す。ひとりが天井を支えてくれている。背中の重みに、もしかしたら死ぬかもしれないことをしていると気づきぞっとする。
たどり着くと受付には別のひとがいた。今、ご主人も奥さんもいないんです。ご主人はご病気なので会っていただけるかわかりません、と言う。
奥さん。
さっきの○○したよ、というのは結婚だったのか、と今更思う。
奥さんにもご病気は止められなくて今はふたりともいい状態ではない、と話してくれる。
待たせてもらってもいいですか?と頼む。どうしても、抱きしめて気持ちを伝えたかった。手遅れだよ、と横顔が諦めていたのも知っている。何故、ど今頃帰って来たの。
だけどわたしのできることをつたえたかった。
受付のふくよかな女性はだんだん白いトレイに横たわるように沈んでゆき、こちらを見つめたまま目だけを残して完全に水に入ってしまった。
目はチョコレートのコーンフレークの輪のやつみたいに浮いて、そのうち滲んでしまった。
彼女の目が青いことにそれまで気づかなかった。

目が醒めて夢でよかったと心から思う。
そしてちゃんと顔を思い出すこともできてほっとする。