いつもそれだけが取り柄の子どもだった、

03/28/2012

何かをねだったりしない子どもだった。
その代わりよく泣いた。
理由はわからなかった、誰にも、本人にも。
外に対して欲しいものは少なかった。いや、少ないというよりもたったひとつに限られていたといえるかもしれない。
ほかのものはひとつもいらなかった。いらなかったから、そのものへの欲だけは底がなかった。恐ろしいくらい深くて自分を、毎日の時間を脅かすほどだった。
けれどそれは自分の手が及ぶものではなかった、いちばん欲しいものがいちばん遠いものだというのは皮肉だけれどよくあることで、だから欲するのだった、そしてそのために全てを汲み出して飲み尽くすわけにはいかないことはわかっていた。
全部まるごともらえないのなら欠片も触れたくない気もした。
乾くために満ちるなんて。

いつかこのことに食べられてしまう、と毎晩思った。
そうしたらいつかわたしは今のこの怖がったり悲しんだりしている自分を失ってしまう。
ずっと恐れていたものの正体を大人になって知った時、ひとはどんな場所からその性根のようなものを刈り取って生まれてくるんだろうか、ということを考えた。
それは理由もなくただこの肉体に附随してくるものなのだとしか思えなかった。
彼女の場合それははげしく残酷で抗いようもなく強くて、とりとめがないように思えた。
だけどそのきりのなさはどうしようもなく彼女を惹いた。
自分が欲することをまるごとをもらうことはできはしない、でも限りなさそのもののなかに身を浸すことはいつでもできる気がした。それは身のうちにあったから。
踏み超えるだけだ、と誰かが言う。

だから今のうちに泣いておかなければと思った。
今のうちに恐れておかなければ、と。
うつくしいものがかなしかったのはそれがいつか自分からもぎ取られるものだと予感していたからだ。
もぎ取るのは自分で、同時にかなしいのも自分だった。

 
小さな自分が身のうちにある説明のつかないことをどんなに恐れていたかを思い出すとひどくやるせない気持ちになる。
たとえば死が自分に降りかかるということを動物はどのように知るのだろう。
死、のことはきっと知っている。たぶん自分が死に向かう瞬間にはそれとわかる。
だけど死という状態がからだを冒してゆくそのはじめての恐れを、どういうふうに受け取るのか。

ほんとうは飼い囲っていてもいい自分の矛盾や、表に出ないエネルギーのようなもの、自分だけにしかわからないことにとどめておける感情、一致しないことば、秘密。
秘密は死と同じだ、隠さないといけない。
死ぬ前に姿を消すけものはその恐れを、秘密を、隠そうとする。