『オン・ユア・ボディ』東京都写真美術館

11/30/2008

朝海陽子:
映画を見る人を正面少ししたから写している。顔がカメラを忘れて、表情が剥けて素になっているところが面白い。いろんな国のいろんな顔、いろんな部屋。
男の人の膝に女の人が顔を乗せている写真がすごく印象的だった。目がすごく強かったしなによりも生々しかった。何かを語ろうとしているのでも、放心しているのでもなく、食い入るように吸引しようとしている。
それから、すごく厳しい目をしているアジアの女の子も印象的。毒舌をすぐ吐く映画監督みたいだった。組んだ足の足首に青く血管が浮いているのがなんだか使い古した体のようだった。
ガールズトークの延長で映画!みたいなお部屋もよかった。まな板とケーキが布団にぼん!とおいてあって、可愛い分厚いブランケットがばさっとかけてある。
あんな深夜、とか休日、いいな。

澤田知子:
メイクによってひとはこんなに変わるのか!
ミスコンってたしかに目指すところがどこなのか分からない。自分の価値の中にある美なのか、これまでの審査員の統計か。もっと広い照準なのか。

塩崎由美子:
Unaというおばあさんが歩み去るアキレス腱を後ろからアップにした写真が良かった。
消費されたからだ、時間。
年をとるとなにかが減るし、積もる。

志賀理江子:
一番ショッキングだったかもしれない。
焼け爛れたような顔のおじさんはどうやって加工しているのか。牙のある赤剥けの顔は何の動物なのか。水に立つ悪夢のようなおとこのひと。
チケットになっている上の画像の男女は『サクリファイス』の浮く女を思い出す。
手を加えた写真にもどきっとさせられたけれど、そうでないものもこころを惹かれた。…が、絵として頭のなかに残っていないのがちょっと不思議。
いつか他の展示があったら観てみたい。

横溝静:
4人の年をとったピアニストの手。
“時間は過ぎていって消えるのに、音楽はそこにかたちある経験として残る”というようなことがパンフレットに書いてあった。なるほど。
会場に入ってからずっとショパンの同じ曲が流れていてなんだろう?と思ったらこの展示だった。
4人の弾く曲は同じだけれど、でもそれぞれのタッチで、あとで考えてみたらちゃんと4通りの時間を経験することができたのだった。